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みなさん、おはようございます。
3月の最初の日、聖餐をいただいて、これから春に向かって歩んでいきます。
春は新しいスタートの季節ですね。
人生の節目には、新しい家を建てて引っ越しを待つようなワクワクする喜びがあります。
でも同時に、「これからのやりくりは大丈夫かな」「次世代の子どもたちはここで元気に育つだろうか」と、ふと将来への不安や心細さを感じる夜もあるのではないでしょうか。
期待と不安が入り交じる、それが私たちのリアルな日常です。
今日の聖書箇所も期待と恐れが交差する夜でした。
イエス様は、十字架という苦難を目前にして、弟子たちと食卓を囲まれます。
そして、「わたしは苦しみを受ける前に、あなたがたと一緒にこの過越の食事をすることを、切に願っていました」と優しく語りかけられました。
今日は、このイエス様の「切なる願い」に込められた熱い思いについて、ご一緒にゆっくりと味わっていきましょう。
さて、今日の説教の中心は14節から始まる、最初の聖餐式です。13節までの箇所はさらりと流すことになりますが、ここには過越の食事が準備されるまでの、不穏な空気が描かれています。
宗教指導者たちはイエス様をどうやって殺そうかと企み、弟子のユダはその心に隙を突かれて裏切りの準備を進めていました。
そんな暗い影が忍び寄る中で、ペテロとヨハネによって静かに整えられたのが、この「過越(すぎこし)の食事」の席だったのです。
過越の食事は、ユダヤの人々にとって一年で一番大切な家族の行事です。
昔、エジプトで奴隷として苦しんでいた先祖たちを、神様が力強い手で救い出してくださったことを忘れないために、みんなで集まって食事をします。
弟子たちは「今年もまた、神様の救いをお祝いする楽しい食事だな」と思っていたはずです。
しかし、裏切りと死の足音が近づくこの夜、イエス様は「切に願っていた」と語り出されました。
この言葉はギリシャ語の原文を直訳すると「願いに願った」という、ものすごく強い気持ちを表します。
ご自分がこれから捕まり、十字架で命を落とすことをすべて知った上で、それでも愛する弟子たちと命を分かち合う時間を、イエス様は心から待ち望んでおられたのです。
なぜ、そこまでして一緒に食事をしたかったのでしょうか。
あるお母さんの話を思い出します。
そのお母さんは重い病気で長く生きられないと分かった時、まだ中学生の子どものために、毎日一生懸命にお弁当を作り続けました。
「自分がそばにいられなくなっても、この子が神様と人から愛されていることを忘れないように」と、祈りを込めて卵焼きを焼き、おにぎりを握ったそうです。
子どもは最初は気づきませんでしたが、後になってそのお弁当に込められた「あなたは私の宝物」という命がけの愛のメッセージを受け取りました。
イエス様が食卓でなさったことも、これと似ています。
イエス様はパンを割いて「これは、あなたたちのために与える、私の体です」、そして杯を取って「これは、私の血による新しい契約です」と言われました。
すぐそばに裏切り者がいることさえ知りながら、古い行事を、ご自身の命をかけた「愛のプレゼント」へと書き換えられたのです。
私たちが世の中で結ぶ「契約」は、約束を破れば切れてしまう厳しいものです。
でもイエス様の「新しい契約」は、私たちの弱さをすべて包み込み、「永遠にあなたを愛し守り抜く」という絶対に切れない約束なのです。
この「絶対に切れない愛の約束」は、今を生きる私たちの不安な心に、力強い光を投げかけてくれます。
今日の第二礼拝では、これから新しく教会の役員となる方々、そして教会学校の先生方の就任式が行われます。
新しくお役目を引き受けてくださった皆様も、そしてここに集う私たちも、自分たちの力不足を思って、時に重荷に感じることがあるかもしれません。
でも、今日の食卓で、イエス様はそんな私たちを真っ直ぐに見つめて言われます。
「わたしは、どうしてもあなたたちと一緒に、この食卓を囲みたかったんだ。
わたしの体と血は、あなたたちを生かすために与えたんだよ」と。
私たちの教会も、教会学校も、そして皆さんのご家庭も、私たちの頑張りや能力だけで支えられているのではありません。
キリストの命がけの愛という、絶対に崩れない土台の上に立っています。
イエス様が、足りないものを補い、弱さを背負い、私たちの未来をしっかりと握ってくださっているのです。
十字架へと向かうイエス様の足取りは、決してかわいそうな悲劇ではありませんでした。
それはここにいるお一人お一人を「私の大切な家族」として迎え入れるための、熱い熱い愛の歩みだったのです。
イエス様は今日も、目に見えない手で私たちを抱きしめ、「あなたと共に歩みたい」と願ってくださっています。
これから私たちは、どうしたらいいか迷うことや、自分の小ささを覚える出来事に出会うでしょう。
でも、そんな時こそ、イエス様が「願いに願って」結んでくださった、この命がけの約束を思い出してください。
私たちはもう、自分たちの力だけで頑張る孤児ではありません。
全能の神様がいつも一緒にいて、必要な助けを与え、素晴らしい未来を開いてくださいます。
この大きな愛に安心して寄りかかり、世代を超えて互いに祈り合い、励まし合いながら、新しい一週間へと歩み出していきましょう。