恵みは坩堝の中に

日本同盟基督教団・豊栄キリスト教会公式ブログ

「神を第一にする人生」(エズラ3:8-13)

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 みなさん、おはようございます。
 新しい教会堂の土台ができあがってきました。
やがてここに柱が立ち、壁が作られ、屋根が上げられていきます。
今日は旧約聖書から、神殿再建工事を通して、私たちに向けられている神の祝福を学んでいきましょう。

 今から約三千年前、ソロモンが建てた神殿は、神の民イスラエルのシンボルとなりました。
しかしそれから四百年後、国は滅び、神殿も廃墟となりました。
イスラエルの人々はバビロンという国へ連れて行かれ、そこで奴隷のような暮らしを強いられました。
しかし神は預言者を通して約束を与えておられました。
バビロンに捕らえられて七十年が過ぎるとき、わたしは再びあなたがたをエルサレムに連れ帰り、神殿を建て直す、と。
今日の聖書箇所は、まさにその約束のとおり、解放されたイスラエルの人々がエルサレムに戻り、神殿再建工事に着手した時の話です。
8節をご覧ください。
「彼らがエルサレムにある神の宮のところに着いて二年目の第二の月に、シェアルティエルの子ゼルバベルと、エホツァダクの子ヨシュアと、そのほかの同僚の祭司とレビ人たち、および捕囚からエルサレムに帰って来たすべての人々は、主の宮の工事を指揮するために二十歳以上のレビ人を立てて、工事を始めた。」
 エルサレムについて二年目の第二の月、と「二」という言葉が並んでいるので誤解しやすいところですが、このところは、彼らはエルサレムに着くやいなや、自分たちの家や城壁を直すことよりも先に、神殿の再建工事にとりかかった、と読むべきです。
つまり、彼らが新しい生活を始めるために、最初にしたことは、神殿の礎を据えることでした。
生活に余裕ができてきたから、では礼拝、では神殿再建、とかではなく、まず自分の生活を建て上げることよりも、神の家、神殿を再建することを優先した、ということです。

 月一回行われる教会の役員会では、必ずといっていいほど、教会の赤字のことが話題になります。
私もいくつかの団体の会計をしていますので、会計さんのご苦労がよくわかります。
しかし実際に分析してみると、教会の年間赤字というのは、月に直せば三万円に行くか行かないかという金額になります。
単純計算すれば、教会員一人あたり、月に一回、集会献金をプラス千円ささげれば解消されるものです。
毎回プラス千円ではなくて、月イチでプラス千円というものです。
いや、その千円が大変なんだ、という声もあるかもしれません。
しかし教会員の大半は週一回の集会出席、そしてさらにその半分の方が祈祷会を含めて週二回の集会出席です。
牧師夫婦は主日は二回、祈祷会は水木両方なので、週四回の集会出席です。
週四回だと月18回くらいの集会出席になりますので、千円×18回とすると理論上、私が毎月、妻から受け取っている小遣いの金額を超えています。
集会献金はさらにその小遣いの中からささげていますので、缶コーヒー一杯も買えませんということになるのですが、なぜかそうはなりません。

 不思議ですが、不思議ではない。これが信仰の世界です。
みなさんが月一回、どこかの集会で、献金を一回分上乗せするだけで、教会の月の赤字は解消です。
それで生活が苦しくて路頭に迷うということは絶対にありません。
まず神にささげるとき、それが全財産とかいう話でなくて、一回分の上乗せ、ということであっても、教会は満たされるし、ささげたものも、必ず別のかたちで返ってきます。
ずいぶん生々しい話ですが、神を第一とするならばすべての必要は満たされるというのは事実です。
神を第一として、まず神殿の再建にとりかかった人々の姿は、私たちにとっても見ならうべき存在です。
信仰者にとって、優先するべきものは何か、そしてそれを実践するときに与えられる祝福を教えてくれます。

 近年、経済的発展のかまびすしい中国ですが、政治的には、一党独裁という国家システムは今も変わっていません。
キリスト教に対しても、中国では大きな制限が加えられており、共産党の方針に積極的に協力しない教会に対しては、水面下では迫害が向けられています。
そのような教会を、地下教会と呼びますが、信者たちは当局の目に触れないようにひそかに集まり、声を潜めて賛美をしながら、信仰を守っています。
しかしそんな中、ある地下教会のメンバーたちはこう話し合いました。
「私たちも礼拝堂を建てよう。教会の存在が公になれば、迫害も受けるだろう。
だがキリストを求めている人々のために決断しよう」。
資金や人材も、何のアテもありませんでしたが、彼らは祈りと信仰で教会堂を建てました。
献堂式の日、さっそく牧師が当局に捕らえられたと言います。
しかしその教会の礎石、礎の石には、まるでそのことがわかっていたかのように、こんな言葉が刻まれていたそうです。
「この礎石は、私たちの命より重い」と。
人の命など、鳥の羽よりも軽く扱われるこの国。
そして経済発展と軍備拡張に酔いしれてその現実を見ようとしない数億の民。
しかしその中国という国にも、イエス・キリストの福音が伝えられていかなければならない。
教会の礎石、イエス・キリストのために、私たちの命は用いられる、そのような信仰を、私たちは彼らの姿からも学ぶことができるでしょう。

 最後に、12節、13節をお読みします。
「しかし、祭司、レビ人、一族のかしらたちのうち、以前の宮を見たことのある多くの老人たちは、目の前でこの宮の基が据えられたとき、大声をあげて泣いた。
一方、ほかの多くの人々は喜びにあふれて声を張り上げた。
そのため、喜びの叫び声と民の泣き声をだれも区別できなかった。
民が大声をあげて叫んだので、その声は遠いところまで聞こえた」。
 神殿の礎が据えられたとき、すべての民が大声で賛美をしました。
しかし七十年前、まだ幼い時だったでしょうが、エルサレムにあったソロモン神殿を見たことのある老人たちは、礎が据えられたときに大声をあげて泣きました。
これについては、二つの説があります。
一つは、ソロモンの壮大な神殿に比べて、この再建される神殿があまりにも小さいことに彼らはがっかりし、泣き悲しんだという説です。
あり得ない話ではないと思いますが、しかし私はもう一つの説明のほうがふさわしいと考えています。
それは、神殿の礎石が据えられたとき、老人たちはそこで改めて悔い改めの涙を流し、大声をあげて叫んだというものです。
七十年前、ソロモンの神殿が焼き滅ぼされたのは、それまでの四百年間、何度も神の警告を聞きながら、みこころに逆らい、偶像を拝み続けた民の罪のゆえでした。
老人たちは、その罪について、今の自分たちには関係ない、七十年前、あるいは数百年前の先祖たちがやったことだ、とは考えませんでした。
過去の先祖たちの罪を、いつまでも忘れることなく、自分たちもまたその罪を背負いつつ、しかしあわれみ深い神にすがりついていく、それが彼らの信仰でした。

 私たちにとって、新しい教会堂は、将来への希望です。
ここからやがて救われる人々が起こされて、地域の人々との架け橋となっていくことでしょう。
しかし過去は忘れよう、未来志向で行こう、ということではありません。
アダムとエバが神から離れて以来、常に神を悲しませてきた私たち人間の罪から決して目をそむけないこと。
そしてその罪を救うためにこの世に来てくださり、十字架にかかってくださったイエス・キリスト。
このお方を私たちの人生の土台として、歩んでいきましょう。