みなさん、おはようございます。来週、いよいよ私たちは、
新しい会堂建設の着工に向けての臨時教会総会を行います。
一年前にも臨時教会総会を開催し、
そのときにほぼ今の計画と同じ建設プランを承認したのですが、
そのときにはまだ建設資金が十分ではありませんでした。
そこから半年間の献金と教会債の募集、
さらに残りの半年で建設プランを練り上げ、そこに一年をかけてきました。
振り返ってみますと、今から三年前、ここをときわ会堂と名付けて、
最初の一年間はかやま会堂とときわ会堂で同時に礼拝を始めました。
同時にといっても牧師はひとりしかおりませんので、
牧師の生説教と説教の録画映像を
二つの会堂でかわりばんこに行うというところから始めました。
電気と水道はあるけれどもお湯も出ない、ガスも通っていない、という場所で
冬を過ごせるかと心配したわけですが、何とか乗り切りました。
この経験が生かされて、次の年に、
かやま会堂のそばの医院と薬局の駐車場が借りられない、となったときに、
ではときわ会堂で礼拝を行いましょう、ということになって、
それから約二年間、ここで礼拝を守ってきました。
いや、私たちが守ってきたのではありませんね。
私たちが礼拝を続けることができるように、
神さまが守ってくださったのです。
来週の臨時教会総会に向けて、
私たちは改めて心を備えていきたいと思います。
今日の聖書箇所は、ソロモンがいよいよ神殿建設にとりかかる場面です。
そこは、アブラハムがイサクをささげたモリヤの山、さらには父ダビデが
神さまに悔い改めのいけにえをささげた場所でもありました。
まことに、これほど神殿を建てる場所としてふさわしいところがあるか、
というところでした。
しかしまず私たちは、2節の言葉に注目したいと思います。
「ソロモンが建築を始めたのは、
その治世の第四年、第二の月の二日であった」。
ソロモンにとって、神殿建設は父ダビデから引き継いだ最優先課題でした。
しかし彼はその治世の第四年、つまり王になってから三年間、
建設に取りかかるのをとどめていたのです。
なぜ三年待ったのでしょうか。
資材と資金は、すべて父ダビデが用意してくれていました。
工事の担い手として、七万人の在留外国人の動員も完了していました。
すぐにでも神殿建設に入ることができる中で、しかし彼は三年待ちました。
待ったというよりは、どうしても三年は必要だったのです。
その三年とは、この神殿建設がイスラエル人にとって、
信仰の発露であるということを共有するためでした。
つまり、これはひとり一人が信仰を働かせて神のために働くわざなのだ、
ということを民すべてに伝え、広がるまでに、三年が必要だったのです。
金銭や人材は十分そろっていても、
もし霊的一致がなおざりとなっていれば、主はその働きをとどめられます。
神のために大いなることをしたいと願う者は、
協力者と共に祈り備える時を十分に持たなければならない。
それをソロモンは私たちに教えているのではないか、と思います。
この三年間、いろいろな人から「まだ建たないの」と聞かれました。
時間をかけすぎてもよくないとは思っていました。
しかしまさに機が熟するまでは、物理的な時間もかかるのです。
教会によっては、「設計士にお任せ」という感じで、
あっという間に建ててしまうところもあります。
それが悪いとは言いませんが、「私は本当は反対だった」と、
建ってから何年も経ってから言われることもあるようです。
ソロモンにとって、この神殿は、ソロモンの個人事業ではなく、
イスラエル人による、信仰のわざでなければなりませんでした。
しかし実際の工事の担い手は、百万人のイスラエル人ではなく、
七万人の在留異国人です。
イスラエル人自らが実際に木を切ったり石を運ぶわけではありません。
そのような工事に信仰的な意味を見出すことの難しさを、
ソロモンはよく知っていたことでしょう。
言葉を尽くし、信仰を分かち合い、祈りを合わせる、
それゆえの三年間であったのではないでしょうか。
私たちの今までの三年間は、まだかまだかと気が焦ることもあった反面、
きっと後から振り返ってみたら、話し合いに三年を割くことができたことは、
私たちにとって必要な時間だったと思える時が来るはずです。
その三年の間に、私たちは自分の考えや願いを整理し、
この会堂建設に注いでいくことができました。
そしてソロモンもまた同じだったことが、今日のみことばからわかります。
神殿の設計図の一つ一つを細かく取り上げることはできませんが、
よく注意してみると、ここにはソロモンの賜物、信仰が注ぎ込まれています。
たとえば4節を見ると、玄関の幅は神殿の幅と同じ20キュビト、
だいたい10mくらいですが、玄関の高さが120キュビトになっています。
なんと高さ60m、ビルで言うと地上15階くらいです。
神殿そのものはせいぜい三階建ての高さなのに、
玄関だけ、異常に高くソロモンは作りました。
なぜそうしたのかは謎です。
謎と言えば、なんでここまで金ピカの神殿を作りたかったのかも謎です。
基本、木造なのですが、壁も天井も金で覆い、ケルビムの像も金ピカ。
豊臣秀吉が金ピカの茶室を作って千利休と対立したのは有名な話ですが、
ソロモンはそれ以上に金ピカづくしの神殿を作り上げました。
しかし神さまは、こういったソロモンのデザインをすべて受け止められました。
私たちからするとなんか悪趣味みたいに見えるものも、
それを神さまは信仰として受け止められました。
なぜならば、まさにソロモンが自分の知恵の賜物を総動員して、
どうやって神さまの栄光を表す神殿にしようかと考えて、
これが生まれているからです。
三年という私たちの準備期間も、その中で私たちは信仰を働かせて、
この建設プランを設計士の方と一緒に練り上げてきました。
これからもそうです。
信仰を働かせて、私たちはここを拠点として、
どのように宣教を進めていくかを考えていきます。
それは三年どころではなく、十年、二十年かけてもまだ完成しないほど、
宣教の働きは実を結ぶまで時間がかかります。
しかしだからこそ、やりがいもあります。
先週の礼拝説教でのみことばを借りるならば、
それぞれが与えられている一タラント、二タラント、五タラントを用いて、
私たちは最上のささげものを神さまにささげていくことができるのです。
どうかこれからの一週間、総会資料につぶさに目を通していただき、
総会に臨んでいただきたいと願います。
そして信仰をもって、新しい主の宮を建てる働きへと進んでいきましょう。