みなさん、おはようございます。今日は母の日です。
母の日がいつ始まったかについて、こんな話があります。
1907年、アメリカの教会で、アンナという女性が亡くなった母のために追悼会を開きました。
そのとき、母が好きだった白いカーネーションを参加者に配ったそうです。
これがやがてアメリカ全国に広がり、七年後の1914年、その母の亡くなった5月の第二日曜日を母の日として、国民の休日にするということが決まりました。
母の日が日本でも祝われるようになったのはそれから二十年以上後のことですが、そのきっかけになったのは、森永製菓が東京の豊島園になんとお母さん20万人を無料招待して森永母の日大会というイベントを開催したことだそうです。
もちろんお母さんだけ集まったのではなく、子どもたちも来て一緒に楽しんだそうですから、すごい人数だったのでしょう。
森永製菓の創業者で敬虔なクリスチャンであった森永太一郎はこの大会の四ヶ月前に亡くなっていますが、母の日はアメリカでも日本でも、キリスト教会と深い関係があると言えるでしょう。
そんなわけで、今日の礼拝説教では、旧約聖書に登場する一人の母の姿を取り上げたいと思います。
その母の名前はハンナ。
偶然かもしれませんが、母の日のルーツとなった女性の名前もアンナ、英語のアンナはヘブル語のハンナから来ています。
しかしこのハンナは、決して幸せな女性ではありませんでした。
ハンナの夫は、エルカナという人です。
ここではエフライム人と記されていますが、正しくは、彼はエフライムの町の中に住んでいたレビ人でした。
レビ人というのは、イスラエル十二部族の中でも、神に仕えるために特別に選ばれた部族です。
今日の牧師のようなものと考えていただいてよいかと思います。
しかしどうでしょうか。
もし牧師である私が、奥さんを二人持っていたら、みなさんはどう思われますか。
ハンナが生きていた時代は、そういう時代だったのです。
つまり、神に仕えるレビ人でさえ、妻を二人持っていても罪悪感を感じることがないほどに、神のことばがないがしろにされていた時代です。
あまり意識しないで読むと、エルカナさん、優しい旦那さんね、という印象を受けるかもしれません。
確かに優しかったのでしょう。
しかしハンナが苦しんでいるのは、エルカナがハンナとペニンナ、二人の奥さんを持ってしまっているからです。
ただでさえもう一人の妻との関係で苦しんだハンナですが、さらに神ご自身がハンナの胎を閉じていた、つまり子どもが生まれなかった。
レビ人でさえ多重婚を悪いと思わない時代、その中でもう一人の妻ペニンナとの関係に苦しみ、さらに神ご自身が私の胎を閉じてしまっているという現実。
人に対しても、神に対しても、いったいどこに私の居場所があるのだろうかというハンナです。
しかしこのハンナから、イスラエルを闇から光へと変えていくサムエルという人が生まれてきます。
PTSDという言葉を聞いたことがあるでしょうか。
深い心の傷を負ってしまった人が、その苦しみの大きさのゆえに不眠症や摂食障害、情緒不安定などに陥る症状を指します。
しかし最近の研究で、このPTSDから回復した人々の9割が、心の傷を負う前よりも人生に前向きになり、他者の感情に配慮できるようになるということがわかったそうです。
つまり、回復というとまた以前の状態に戻るという印象がありますが、このPTSDの場合、以前と同じではなく、もっと人生の深みにまで成長していくというのです。
信仰の目でこれを逆から見た場合、神は私たちを成長させるために、あえて深い心の傷さえも与えるお方なのだと言えます。
そこから回復できるかどうかはその人次第、では決してありません。
必ず回復するという計画の中で、神は私たちを苦しみの中に投げ込まれます。
人からは不幸と呼ばれても、じつはその中には、私たちを成長させるために神が与えてくださるもので満ちています。
ハンナは何重もの痛みの中で、必死に神にしがみつきました。
そして心から神へ祈りを絞り出しました。
それは単に子どもがほしいという祈りではなく、もし子どもが与えられたら、その子をあなたにささげます、という祈りです。
生まれてくる子どもを取引に使っているのだと誤解しないでください。
そうではなく、「私のためにではなく、神のために我が子を用いてください」という祈りです。
この世界を変えるために、この時代を変えるために、人々へ救いをもたらすために、我が子を用いてください、と。
祈り終えたとき、彼女の顔はもはや以前の顔のようではなかった、と記されています。
苦しみの中から生まれた、祈りの力。
それは何と美しいものでしょうか。
神はハンナの信仰がここまでたどり着く日を待っておられました。
そして神はすぐにハンナの胎を開かれ、そこから時代を変える預言者サムエルが生まれてくるのです。
今から25年も前のこと、2000年5月3日、高速バスがひとりの高校生にバスジャックされた事件が起こりました。
高校生は刃渡り40cmもある万能包丁を運転手に突きつけ、高速道路のパーキングエリアにバスを止めさせた後、車内で三人の乗客を刺しました。
一人が死亡し、二人が重傷を負いました。
負傷者二人のうちひとりは、高校生の娘二人を持つお母さんでした。
少年は彼女の顔を切りつけ、罵声を浴びせながら倒れた背中を踏みつけました。
一瞬、意識が薄れそうになった中で、彼女の脳裏には娘たちの顔が浮かんできたそうです。
でもその顔は、この少年と同じように怒りに歪んでいました。
どうしてこんな顔をしているんだろう?そうだ、私は二人がずっと学校に行かないのをいつも責めていた。
あの子たちに与えた痛みは、私を切りつけた子の中にある痛みと同じなのだ。
ごめんなさいと謝りながら、気を失いました。
やがて少年は警察に逮捕され、彼女も病院で治療を受けましたが、顔には一生消えない、真一文字の傷が残ってしまったそうです。
しかし事件から数ヶ月たってから、彼女は娘さんたちの様子が明るく変わっていることに気づいたそうです。
「あなたたち、変わったわね」と声をかけました。
しかしその時、彼女たちはこう答えました。
「お母さん違う。
私たちが変わったんじゃない。
お母さんが変わったんだよ」と。
これもまた、一人の母親が、ハンナのように苦しみを通して、変えられていく例と言えるかもしれません。
しかし苦しみに意味があるということに気づきはしても、それがまことの神様が救いを与えるために与えられたものだということは、苦しみに寄り添ってくれるクリスチャンの存在が不可欠です。
私たち一人一人が、そのようにだれかに寄り添うことができますように。
とくに、自分の母親に感謝し、とりなし、寄り添う一週間となりますように。