みなさん、おはようございます。 今週から、教会暦は四旬節に入ります。四旬とは40日のことですが、聖書では苦しみを象徴する数字とされています。イエス様が十字架にかかられるまでの苦しみ、極端に言えばベツレヘムにお生まれになってから苦しみばかりの一生でしたが、教会暦では十字架にかかられるまでの最後の一週間を、約六週間にわたって追いかけていくということになっています。そして苦しみの六週間が終わった後の、次の週は何か、おわかりですね。イースターです。今日を起点とすれば、六週間は四旬節、そして七週目に復活節がやってきます。 さて、今日は四旬節第一週の説教として、二人の弟子の姿を取り上げたいと思います。二人の弟子といっても、水瓶を運んでいる人を捜すために遣わされた二人ではありません。ひとりは、イスカリオテのユダ、そしてもうひとりは、聖書には名前も記録されていない、「二階座敷の主人」です。ユダはイエスの裏切りによって十二弟子から脱落していきました。一方でこの大広間の主人は直接イエスに付き従っていた者ではありませんが、イエスのために自分の邸宅を準備していました。まるで極端の二人ですが、それでもこの両方に神さまの選びがあり、あわれみがありました。しかしあわれみを拒むならば、そこにはさばきがあります。そのような厳しい点もおぼえながら、私たちは聖書を読んでいくべきでありましょう。 さて、12節をご覧ください。「種なしパンの祭りの最初の日」とありますが、これは別名「過越の祭り」と呼ばれる、ユダヤの三大祭りの一つです。そのいわれは旧約聖書の出エジプト記に記されています。かつて神がエジプトをさばかれたとき、先に神から警告を受けていたイスラエル人たちは、小羊の血を家のかもいと門柱に塗ってその時を迎えました。すると死を司る御使いは、子羊の血を目印としてイスラエルの上は過ぎ越しました。この奇跡を記念して行われる祭り、それが過越の祭りです。祭りが行われる週は、エルサレムの都は巡礼者たちであふれ、人口が数倍にふくれあがります。町に人々があふれる中で、過越の食事をする場所を確保することは、とても大変なことでした。弟子たちがイエス様の前で途方に暮れる姿が目に浮かぶようです。しかしイエス様は二人の弟子を選び、こう命じられました。エルサレムに入ったら、目の前に、水がめを運んでいる男がいる。その人の後について行きなさい、と。当時、水をくむ仕事は女性の仕事であり、水瓶を運ぶ男性は珍しい、というか、まず見られなかったといいます。二人の弟子は、水瓶を運ぶ男の後についていきました。すると彼は一軒の大きな家に入ります。不安を覚えながら、それでも弟子たちはそこの主人にこう言いました。「弟子たちと一緒に過越の食事をする、わたしの客間はどこかと先生が言っております」。するとその主人は、席が整えられて用意のできた二階の大広間を見せてくれました。イエス様の言ったとおりだ。二人の弟子は喜びながら、残りの準備に励んだことでしょう。 現代人にとってみれば、イエス様が事前に会場を予約してくれただけじゃないの、となるかもしれませんが、もちろん電話もメールもない時代です。手紙はありますがいわゆる郵便屋さんはいませんので、だれかに手紙を託するしかありません。24時間、弟子たちと生活を共にしているイエス様が、弟子に知られずに会場予約とかできません。じゃあどうやって予約したの?答えはシンプルです。予約なんかしていません。ではこの主人はなぜ二階の大広間を準備していたの?この主人もまた、イエスを信じる、隠れた弟子であったのだと思います。十二弟子のように、いつもイエス様のそばに従っていたわけではありません。しかし彼は、彼にしかできない方法でイエス様への信仰を働かせました。もしイエス様が来られたら、いつでもお迎えするために備えていました。それはまさしくキリストが「目をさましていなさい」と言われた信仰そのものです。自分の主人がいつ帰ってきても直ちに飛び出して迎えることのできる正しいしもべの姿です。 この前の日、イエス様はご自分の頭にナルド油を注いでくれた女性の信仰を賞賛してこう言われました。「世界中のどこででも、福音が宣べ伝えられる所なら、この人のした事も語られて、この人の記念となるでしょう」。しかし彼女のような大胆な信仰ではなかったとしても、この主人の、控えめではあっても忠実な信仰もまた、福音が宣べ伝えられる所にて必ず語られ、記念となったのです。私たちも同じです。聖書はすでに完成していますから、私たちの信仰が聖書に載ることはありません。しかしその代わり、私たちが信仰を働かせて生きるならば、やがて私たちが神の前に立ったとき、どんな小さなわざであってもその一つ一つを挙げながら、神は私たちを「よくやった、よいしもべだ」とほめてくださいます。 この主人と対照的な弟子であったのが、イスカリオテのユダでした。私たちが彼の姿を反面教師として学ぶことは決して無駄にはならないでしょう。イエス様はユダについて「彼は生まれたときから悪魔であった」と別の所で語っています。なぜそんな者を弟子にしたのかはイエス様にしかわかりません。しかし自分が悪魔だと気づいていないのが悪魔である、と言った人がいます。ユダは自分ではだれよりも熱心な弟子だと信じていたが、じつはその信仰の対象はイエスではなく、金であり、自分自身でした。しかし驚くことは、イエスはユダの邪さを知っていながら、彼を十二弟子として、三年半も一緒に過ごされました。福音書の中には、この過越の時まで、イエス様がユダだけをのけ者にしたという記録はありません。悪霊を追い出し、病を癒やす権威も、ユダに与えました。他の弟子と組ませて、二人ずつの伝道旅行にも派遣しました。そしてこの過越の食事の前に、イエス様が弟子ひとり一人の足を洗ってくださったときにも、もちろんユダの足も洗ってくださいました。 最後の21節で主はこう言われています。「人の子は、自分について書かれているとおり、去って行きます。しかし、人の子を裏切るその人はわざわいです。そういう人は、生まれて来なければよかったのです」。突き放した、冷たい言葉のように聞こえるかもしれません。20年前、牧師になりたてのときにこの箇所から語ったときには、私自身が、自分で選んどいて、なんて冷たい言い方だと内心思ったことがありました。しかし今改めて読むと、ここからはユダに対する憎しみは一切感じません。むしろ悲しい、ただひたすら悲しい、という思いだけが響きます。 もしかしたら、それはこの20年の間に、私が人々との関わりの中で失ったり捨てられたりという経験をいくつかしてきたからかもしれません。憎んだり、恨んだりということはない。ただ、ひたすら悲しい。そして、戻ってきてもあの放蕩息子の父親のように抱きしめてあげられる自信もない。だけどイエス様は違う。イエスは、後で祭司長や群衆を引き連れたユダにまみえても、「友よ」と呼びかけられるお方です。十字架の上で、「父よ、彼らを赦し給え、彼らは何をしているのか自分でもわからないのです」と祈ったその祈りには、このユダも含まれていました。しかしそれでもイエスの愛は、ユダには届きませんでした。ユダの人生は、聖書によれば残酷な終わり方で幕を閉じます。 今日、一度神の恵みにあずかって光を受けて救われたにもかかわらず、今は離れてしまっている人々がいます。彼らをユダと同一視することはできませんが、自分では信仰の道に戻ることができない、そのような人々を再び神のもとへと引き上げるのは、私たちのとりなしの祈りです。そしてその背後にあり、すべてを見つめているイエスの涙を私たちも見つめましょう。イスカリオテのユダに対し、最後の最後まで手をさしのべることをいとわなかった主イエスの愛と寛容を、ひとり一人が実行していく一週間でありますように。