みなさん、おはようございます。アドベント第二週に入りましたが、今週もこの都上りの歌と呼ばれる詩篇を通して、イエス・キリストが私たちに与えてくださった信仰の恵みをかみしめていきたいと思います。 二週間前の教会学校でのこと、子どもたちへのメッセージの終わりに、お話してくださった先生から「来週までの宿題」ということで、どれかひとつ、聖書のことばを覚えてきましょう、というものが出されました。「やだ」という声も一部聞かれましたが、子どもたち概ね「はーい」と元気な声で返事をしました。そしてそれから一週間後、つまり先週の日曜日ですね、みなさん覚えてきましたかという先生の呼びかけに対して、「やってなーい」と子どもたちの元気な声が聞こえました。私はそこまでは教会学校に出ていたのですが、礼拝の準備がありますので部屋を出ました。それ以降、午後になるまで、向こうの教会学校の部屋には立ち寄らなかったのですが、午後になって行っていたら、驚きました。隅にあるホワイトボードに、子どもたちが書いたであろう、たくさんのみことばが書かれていたからです。やってないと言いながらやってるじゃないか、これが豊栄流かと思いましたが、とても感動しました。 先生の言ったとおりにおぼえてきたのか、それともその場で聖書を見て書いたのか、それは確認していませんが、かきなぐったようなみことばであっても、それは確かに神のことばです。そして子どもの時分からこのようにみことばを記憶することを習慣にしていれば、必ずそれは大人になっても決してなくなることのない、いや、永遠に残るであろう、信仰の宝物になります。 私は子どものときには教会には関わりのない生活をしておりましたが、高校二年生の夏休みくらいから教会に行き始めました。卒業する直前くらいに洗礼を受けましたが、いざ教会生活を始めてショックだったのは、もうすぐ大学生になる私よりも、教会にいる小学生たちのほうが聖書のことばを覚えているということでした。まあ年期が違うので張り合う必要もないのですが、負けず嫌いなので、毎日ひとつずつ聖書を覚えることに決めました。大きなカレンダーの裏に、小さく聖書の箇所を書いて、続けていると、どんどん覚える言葉が増えてきました。でも覚えるのが大変だというよりも、そらで言えるみことばが増えていく喜びのほうが大きかったことを覚えています。一年くらいで飽きてやめてしまいましたが、その間に覚えたみことばは、30年以上経っても簡単には消えません。今日の聖書箇所もそうですね。主に信頼する人々はシオンの山のようだ。 ゆるぐことなく、とこしえにながらえる。 山々がエルサレムを取り囲むように、 主は御民を今よりとこしえまでも囲まれる。当時は第三版の新改訳聖書で覚えましたが、この1節、2節に関しては、ほとんど変えられていません。私にとってはおぼえてから30年ですが、実際には、三千年以上、このみことばは多くの人々を励ましてきたのだなあということを今かみしめています。 シオンの山というのは、エルサレムのことです。動かざること山のごとしという言葉がありますが、まさに主に信頼する人々は、決して動かされることはない。揺るぐことなくとこしえにながらえる、と。なぜ揺るぐことがないのか。なぜとこしえにながらえることができるのか。それは、天地を造られた主、永遠、無限の主が、私たちをどんなときでも取り囲んでいるからです。 この世界は、罪と悪がのさばっているように思います。いや、思うのではなく、実際にそうなのでしょう。イエス様のたとえ話の中に、「毒麦のたとえ」というものがあります。神が、良い麦として私たちをこの世界に植えてくださった後、悪魔が悪い毒麦も、この世界に植えていきました。良い麦と悪い麦は、同じ畑の中にひしめいているため、悪い麦だけを抜こうとすると、良い麦も一緒に抜いてしまうかもしれない。だから世の終わりまで、悪い麦もそのままにしておきなさいと神はさばきの御使いたちに命じる、ということがたとえ話の形式で語られています。 正しく生きたいと思っても、人は生まれたときから多くのことに流され、多くのものにだまされ、いつのまにか自分を見失ってしまいます。クリスチャンでさえ、この世界で、自分の力で、自分自身を正しく保っていくことは不可能です。だからこそ、神は私たちが悪の杖によって砕かれることがないように私たちを恵みによって取り囲んでくださっています。また私たちが不正なことに手を伸ばさないようにするために、私たちにみことばを与えてくださいます。私たちは、かつては自分たちも神を受け入れず、曲がった道を歩んでいた者でした。しかし今は神の恵みに何重にも取り囲まれています。そしてかつての私たちのように神を知らず、神を素通りしてきた人々に、恵みを伝えるために、私たちの人生も用いられていくのです。 今日の日付をあえて年号で言えば、令和6年12月8日となりますが、少しこれをいじって昭和16年12月8日としてみると、真珠湾攻撃の日として覚えている方もいるのではないでしょうか。今から83年前ですので、ほとんどの方は生まれておらず、私も写真や映像でそれを知るのみです。この真珠湾攻撃隊の一番隊隊長として名を馳せた一人のパイロットがおりました。名を淵田美津雄と言いますが、彼は戦後、キリスト教の伝道師になります。しかしそこに至るまでの道は、悲惨の一語でした。この淵田さんは、開戦時には真珠湾攻撃の立役者として国民的英雄になりますが、その二年後には大けがをして飛行機を降りました。そして何をさせられたかと言うと、あの有名な、体当たり攻撃である神風特攻隊で死んでいく者たちの、遺族に対する軍からの感謝状を書かせられていたというのです。当時は神風特攻という非人間的な作戦でさえ、お国のためと納得させられていた時代でした。しかし実際にその仕事にあたっていた淵田大佐は、悩み、苦しみ、日本が戦争に負けた後は、生きる気力もなく、さまよっていたと言います。しかし、ある一冊の本との出会いが、彼の人生を変えました。それは、日本軍の捕虜となりながらも、終戦後日本人に福音を伝えるために宣教師になった、元アメリカ軍人が書いたものでした。そこに書かれていたイエス・キリストを知ったとき、過去に縛られていた彼の心は、解放されました。彼は終戦後、罪悪感から自分が真珠湾攻撃隊の隊長であったことを隠していたそうです。しかしキリストの御名があがめられるために彼はこんなタイトルの本を書きました。「私は真珠湾攻撃の隊長だった」。その本を片手に、彼は日本全国を回り、なんとアメリカまでも伝道旅行に行きました。人殺しと言われても、キリストを語り続けました。そして亡くなるまでのあいだ、キリストのしもべとして歩み続けました。 人はみな、かけがえのない者として生まれてきます。しかし同時に人は自分が何者であるかを見失い、悪と罪の中に自分の人生をかき回されてしまいます。しかしイエス様との出会いによって、私たちは内側から作り変えられていくのです。神様は、私たちが罪人のまま生きることを願ってはおられません。救い主イエス・キリストを信じるとき、私たちの力を本当の意味で生かすことのできる人生が始まるのです。待降節の中で、私たちに起こったことを人々に伝えていきましょう。イエス様との出会いが、人生を変えます。そして決して揺るぐことのない、今からとこしえまで神に囲まれた人生が続いていくのだ、と。