恵みは坩堝の中に

日本同盟基督教団・豊栄キリスト教会公式ブログ

2024.2.18「扉を開くのはあなた」(ルカ19:9-19)

 みなさん、こんばんは。豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。 1月1日の能登半島地震で被災されたすべての方々に、主の慰めと助けがありますようお祈りいたします。 「迷わず足切断 がんと戦った高校生」というヤフーの記事(元記事は「あなたの静岡新聞」)が目にとまりました。  この高校生、寺田歩生(あゆみ)さんが戦った『がん』は、約40年前に私がかかったのと同じ、若年性骨肉腫です。私の場合もある意味「迷わず足切断」でしたが、手術直後にすごく後悔しました。 ※そのときの証しは、ブログ右側の「ブログ内検索」で「骨肉腫」とサーチすると、いくつか出てきます  私の場合は、命を生かすための切断でしたが、歩生さんの場合は痛みを和らげるためのものだったとのことです。そして彼女は勇敢に病魔と闘い続けた末、わずか18歳で亡くなりました。しかしその人生は決して無駄ではなく、残された人々も、これから生まれてくる者たちにも、生きる力を与える記録となるでしょう。  「あなたの静岡新聞」では発病以来の歩生さんの人生をシリーズで特集しています。中学生の体育祭の前後に痛みを感じたこと、両親は最初「成長痛」だと思ったこと、切断の前に人工関節を入れていたことなど、私と同じで、他人事とは思えませんでした。  私は左膝の骨を、当時新素材とうたわれていたニューセラミックで作った人工骨と入れ替えて、新しく転校した中学(山の下中学校)に数ヶ月だけ通いました。しかしある朝、まったく体が動かなくなり、大学病院に救急車で運ばれました。主治医が私の左足に注射針を差し込んだところ、まるでラードのような黄色い膿(うみ)が大量に注射器に流れ込んできたことをおぼえています。体がセラミックを受け入れず、内部で化膿し切っていたのです。それ以来、一度も学校には行けませんでしたが、校長先生が病室に来てくださって、私のためだけに卒業証書を読み上げてくださいました。お名前も覚えていないのですが、心から感謝しております。(そのときは生きることに精一杯で、とても感謝どころではありませんでしたが)  あれから40年が経ちましたが、骨肉腫は初診時に転移がない状態で四肢に発見された場合でも、5年生存率は70%程度とのことです。逆に言えば、発見が早くても3割の人は5年以上生きられない、恐ろしい病気であることは今も変わらないということです。自分がいまこうして生きていることも決して当然ではなく、一日一日が恵みであるということはこの病気にならなければわからなかったかもしれません。どうぞ歩生さんの記事を読んでほしいと思います。そして彼女の人生が一人でも多くの方に記憶されますように。