恵みは坩堝の中に

日本同盟基督教団・豊栄キリスト教会公式ブログ

「亜麻布から始まった奇跡」(ヨハネ20:1-10)

 イースターおめでとうございます。豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。 当教会ではCSメッセージ(紙芝居)の担当が三週間に一回のペースで牧師にまわってきます。 今回はRon Kenolyの“Jesus is Alive”を延々と聞きながら色を塗りまくりました。 さて教案誌『成長』の原画担当者が変わりましたので、許可は一切受けていませんが、絵柄を比較してみました。

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今まではイエス様も弟子たちも町の人もみんなひげ面でしたので、ちょっと新鮮です。ヨハネ?のあごひげのアクセントがおしゃれです。 ただ今回の絵に関しては、「だれも手を触れた形跡がないのに、それに包まれていたイエスの死体がすっぽり抜けたままになっている
(村瀬俊夫「ヨハネの福音書」、『新聖書注解 新約1』、いのちのことば社、539頁)

という「亜麻布の奇跡」のディテールがもう少しはっきりと描いてあるとさらに良かったですね。これからに期待です。

週報はこちらです。

 

聖書箇所 『ヨハネの福音書』20章1-10節 

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 1 さて、週の初めの日に、マグダラのマリヤは、朝早くまだ暗いうちに墓に来た。そして、墓から石が取りのけてあるのを見た。2 それで、走って、シモン・ペテロと、イエスが愛された、もうひとりの弟子とのところに来て、言った。「だれかが墓から主を取って行きました。主をどこに置いたのか、私たちにはわかりません。」3 そこでペテロともうひとりの弟子は外に出て来て、墓のほうへ行った。4 ふたりはいっしょに走ったが、もうひとりの弟子がペテロよりも速かったので、先に墓に着いた。5 そして、からだをかがめてのぞき込み、亜麻布が置いてあるのを見たが、中に入らなかった。6 シモン・ペテロも彼に続いて来て、墓に入り、亜麻布が置いてあって、7 イエスの頭に巻かれていた布切れは、亜麻布といっしょにはなく、離れた所に巻かれたままになっているのを見た。8 そのとき、先に墓に着いたもうひとりの弟子も入って来た。そして、見て、信じた。9 彼らは、イエスが死人の中からよみがえらなければならないという聖書を、まだ理解していなかったのである。10 それで、弟子たちはまた自分のところに帰って行った。
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1.
 私は移動の際にはもっぱら車を使う人間ですが、先日たまたま、新潟駅から白新線に乗って豊栄駅まで帰ってくるということがありました。 会議などで上京することもあり、首都圏の電車に乗るのは慣れているのですが、白新線は久しぶりだったので戸惑いました。 まず出入口のドアが自動ではなくて力を入れて開け閉めしなければなりません。 それから、次は何駅に停まりますというアナウンスがちっちゃくて聞こえないこと。たぶん固定客ばかりなので、アナウンスもいらないのでしょう。 でもほとんど利用しない私のような人間には困ります。乗っている間、窓を見つめながら、いまどのあたりかということに注意して過ごしました。 するとあるところで不思議な光景に出会いました。 線路の目の前に広がる住宅地の中に、壁の色から建物の形に至るまで、まったく同じ形をした住宅が数軒、並んでいます。 その家のお父さんがほろ酔い気分で帰って来たときに、隣の家とまちがえたりしないだろうか、とくだらないことを思い浮かべました。 しかし今くだらないと言いましたが、イエス・キリストの復活を信じない人々の中には、おおまじめで同じことを主張する学者もいるのです。 イエスの弟子たちは、もともと隣にあった空っぽの墓をイエスの墓と間違えてしまったのだ。 まだ誰も収められていない墓に何もないのは当たり前なのに、早とちりして、イエスはよみがえったと言い広めたのだ、と。


ゴスペル界の中尾彬、Ron Kenoly。どちらも大御所です ====

 

2.
 今日の聖書箇所を読めば、弟子たちが足を踏み入れた墓は正真正銘、イエス・キリストが納められた墓だったということがわかります。 マグダラのマリヤの報告を受けて、ペテロとヨハネはイエスの墓へと駆けだしました。 先にヨハネが到着しましたが、おそらく彼は私と同じく慎重なA型ですね、一人では中に入らず、外から墓の中をのぞき込みました。 遅れてペテロが到着しました。彼はヨハネと異なり、中に何が待ち受けているかを考えてためらうこともなく、ずかずかと墓へ入っていきました。 おそらく彼は妻と同じB型かもしれません。  血液型判定はどうでもいいのですが、墓の中にあったのは、イエス様の亡骸を包んでいたであろう亜麻布でした。 隣の墓と間違えたなどという説明はあり得ないのです。そして聖書はさらにこうも記録します。 「イエスの頭に巻かれていた布切れは、亜麻布といっしょにはなく、離れた所に巻かれたままになっているのを見た」。 この説明が描こうとしている光景が目に浮かぶでしょうか。それは、常識では説明できないことでした。 イエスが十字架で死んだとき、ニコデモとヨセフという弟子がイエスの亡骸に、当時の防腐剤である没薬を塗り、亜麻布で全身を包みました。 もしイエスが、眠っていた人が目を覚ましたかのように起き上がり、自分のからだを覆っている亜麻布をはがしたのであれば、 防腐剤がついているそれは、今日で言う湿布をはがしたかのようにそこらへんに散乱していたはずです。 しかし少なくとも頭の部分を覆っていた亜麻布は「離れた所に巻かれたままになって」いました。 つまり、手ではがしたようにではなく、まるで中から姿を消してしまったかのように、人の形を残したまま亜麻布だけが取り残されていたのです。 もし、ある人たちが言うように、仮死状態だったイエスが墓の中で息を吹き返して墓から出て行ったとすれば、 どのようにして、からだを包んでいた亜麻布のかたちを崩すことなくよみがえることができたのか、という不思議を説明することができません。 そして二人の弟子は、この残された亜麻布を見たときに、イエスのよみがえりを理解していなかったことを悔い改めて、イエスを信じたのです。

3.
 イエス・キリストのよみがえりは、まるで人が繭に包まれたようなかたちを崩すことなく、肉体のみ墓から姿を消したという不思議なものでした。 それは私たちの常識では決して説明することができません。 しかしじつのところ、私たちが日常生活で経験する信仰の歩みそのものが常識では説明できないものです。 イエスを信じた人が、古い生活から変えられて、新しい人として歩むようになることだって、なぜそうなれるのか、常識では説明できません。 確かにクリスチャンは、自分がどうやって教会に導かれ、どのように救われたかを回りの人に話すことはできます。 しかしそれは人を納得させられるようなものではありません。なぜそうなるかは説明できないけど、信じた私は確かに変わりました。 そんな私たちの証しを聞いて、多くの人は、気のせいで片付けてしまうかもしれません。 それでも、たとえわずかであっても、私たちの証しを聞いて確かに信じる人たちがいるのです。それは人のわざではなく神のみわざです。 イエスがよみがえったことは奇跡ですが、そのよみがえった事実を信じることができる、ということもまた神のなさる奇跡です。 このイエス・キリストの十字架、そしてよみがえりを信じる者は、生きる力が内側から湧き上がり、決して消えることのない希望を持つのです。 イエスのよみがえりを信じていなかったペテロやヨハネは、墓の中で亜麻布に込められた奇跡を目の当たりにし、信じました。 そして私たちは、目に見える奇跡は経験しなくても、聖書を通して神に出会い、心変えられ、イエスを信じるという奇跡を自ら体験するのです。

結.
 弟子たちはイエスを信じ、そして福音はエルサレムからローマ帝国の首都ローマへと伝わり、多くの人々が信じました。 彼らは、ローマ帝国の迫害から逃れるために、カタコンベと呼ばれる地下墓地を何層にも渡って作り、そこに礼拝所や隠れ場所を設けました。 現在イタリヤに点在しているカタコンベを合わせると、その全長はじつに880キロ、壁には700万人の信者たちの亡骸が葬られているそうです。 ローマのクリスチャンたちは、約250年間、このような地下墓地に身を隠しながら信仰を守り続けました。 ローマ帝国はクリスチャンを執拗に迫害しました。捕らえた信者に獣の皮をかぶせ、ライオンにかみ殺させ、また十字架で火あぶりにしました。 しかし彼らはどれだけ多くの迫害を受けても、250年の長きにわたり子や孫に信仰を伝え続けました。 そしてローマ皇帝は、クリスチャンたちの信仰の前に降参しました。キリスト教はローマの国教、国の宗教となるに至ったのです。(参考 正木茂「4月3日 復活と信仰3」、『この日この朝』、一粒社、105頁)

 その力も常識では説明できません。しかし現実に起こりました。もしイエスの復活が、弟子たちの作り上げた希望であったならば不可能です。 しかし彼らが永遠のいのちを確信して歩むことができたのは、イエスの復活が確かに彼らにいのちを与え、力で満たしたからです。 私たちもイエスのよみがえりを信じましょう。信じる者は、罪と死から解放され、永遠のいのちをもつとイエス様は約束されました。 ひとり一人の心の中に、イエスさまのよみがえりが確かなものとして刻まれ、新しい生活へと導かれていきますように。