恵みは坩堝の中に

日本同盟基督教団・豊栄キリスト教会公式ブログ

2016.4.3「感謝の心」

こんにちは。豊栄キリスト教会牧師の近 伸之です。最近、教会でクラフトワーク教室を始めました。 もともとは有志がクラフトで籠を編み、バザーに出品していたのですが、ある方がそのバリエーションで人形作りを教えてくださいました。 DSC00610_1.JPG かわいいフクロウのアベック・・・・じゃない、カップルです。ふう、年がばれる DSC00608_1.JPG ちょっと雑然としておりますが、みんなで楽しく?制作中。 DSC00612_1.JPG 見よ、子どもたちの真剣な表情。CSでもこれくらい・・・・いやよそう 週報はこちらです。 聖書箇所 『ルカの福音書』17章11-19節  序.  まず12節の前半をもう一度お読みします。「ある村に入ると、十人のツァラアトに冒された人がイエスに出会った」。 「ある村に入ると」とありますが、実際には「ある村に近づいたとき」と訳すべきでしょう。 なぜならば、ツァラアトに冒された人は、家族と引き離され、それまで住んでいた村から追い出されて、村の外に住むのが決まりだったからです。 ツァラアトという病気がいったいどのようなものだったのか、詳しくはわかりません。 昔の聖書では「らい病」と訳されていたこともありましたが、今ではらい病との関係は否定されており、ツァラアトとそのまま訳しています。 しかしツァラアトがどんな病気であるにせよ、それにかかった人は共同体から締め出されてしまう、恐ろしい病でした。 同じ村の人々と一緒に住むことも許されず、「私は汚れている、汚れている」と叫びながら、生きていかなければなりませんでした。 このツァラアトに冒された十人が、遠く離れた所から声を張り上げてイエスに叫んだのも、そんな厳しいきまりがあったからです。  しかし彼らは十人とも、ツァラアトとして歩む苦しみを通して、すばらしい信仰をいただいておりました。 それは、見ずに信じる信仰です。彼らはイエス様に叫びました。どうか私をあわれんでください、と。 そしてイエス様はこうお答えになりました。「行きなさい。そして自分を祭司に見せなさい」。 祭司に見せよ、とは、ツァラアトがいやされたかどうかの判断は、祭司がすることになっていたからです。 しかし、考えてみてください。イエス様が行きなさいといったとき、彼らのからだには何も変化が起きていなかったのです。 それでも彼らは、自分に変化が起きたかどうかではなく、ただイエス様のお言葉だけを信じました。 じつに驚くべき信仰です。そして十人が十人とも、祭司のところへ行く途中でいやされたのです。 1.  もし物語がここで終わっていたならば、メッセージの中心はこの十人の「見ずに信じる信仰、ただ御言葉だけを信じる信仰」だったでしょう。 確かに、彼らの信仰はすばらしい信仰でした。しかし今日の物語は、むしろそこからが中心になります。 この十人は、病をいやされる信仰を与えられていました。しかし救いに至る信仰を持っていたのはそのうちの一人だけでした。 感謝をささげるために戻ってきたのは一人だけで、あとの九人は感謝を忘れてしまっていたのです。  彼ら九人が、イエスの言葉だけを信じて祭司の所へ向かった、その見ずに信じる信仰は、決して過小評価してはなりません。 しかし同時に彼ら九人が、いやされた中で祭司のところへ行くことを優先し、イエスの所に戻ってこなかったことも見落としてはなりません。 イエス様は、見返りを求める方ではありません。しかしきよめられた十人が十人とも神をあがめるために戻ってくることを期待しておられました。 なぜなら、イエス様は彼らが今までツァラアトのためにどれだけ苦しんできたのかをご存じだったからです。 知っていたからこそ、彼らの叫びを見て、これをいやしてくださいました。 彼らの苦しみは、決して並大抵の苦しみではありませんでした。 人は、苦しみが大きければ大きいほど、そこから解放されたときの喜びは大きいはずです。 しかし彼ら九人は戻ってきませんでした。 その信仰は、はじめは立派だったのに、病がいやされれば急激にしぼんでしまう、悲しくふくらんだ風船のような信仰でした。 2.  ある牧師が、ご自分の牧会の思い出を綴った本の中で、次のような出来事を書いておられます。
 教会の近所に住んでいたD姉は、開拓二年目のころ、教会の礼拝に参加し始めたが、求道心が強く、ものすごい勢いで聖書を読破し、あっという間にキリストを信じた。信じた後は熱心に諸集会に参加し、開拓期の大仕事である教会案内のチラシ配りをかってでて、毎日のようにしてくれた。未熟な牧師であった筆者はその熱心さだけを見て、この人の信仰は本物だと思い込み、バプテスマ準備会においても問いただすことをあまりしないで、こちらが一方的に話して終わり、バプテスマを授けた。  ところが、数か月後、チラシ配りをぴたりとやめ、次の週からは礼拝にも来なくなってしまった。訪問しても、黙ったままで何も話してくれなかった。数週間後、知的障がいをもつ息子をつれて、突然訪ねてきて、「この息子の病気を直してもらいたいと思って、キリスト教の神に熱心に仕えたのです。しかし神は何もしてくれませんでした。私は失望したので、脱会します」と言い残して帰って行った。 (佐竹十喜雄「教会の使命の現代的課題」、聖書と精神医療研究会編『心病む人々に教会ができること』、いのちのことば社、2006年、p.82)
この姉妹のように、あるいはあの九人のように、確かに人は、自分の病や困難を解決してもらうために、すばらしい信仰を示すことがあります。 しかし救いに至る信仰とは、人生の諸問題が自分の願うとおりに解決することを動機としてはなりません。 救いに至る信仰とは、神を喜ばせることが自分の人生の最大の関心事となることです。 神が罪人の私を愛してくださったという感謝が、自分の心の中で豊かに膨らんでいき、それが自分の一番の関心になります。 そうして、それまでは逆に自分の心の中でぱんぱんにふくれあがって苦しめていた様々な思い悩みがしぼんでいくのです。 病が直ること、金銭や仕事が与えられること、ストレスの原因がなくなること、 それは救いそのものではなく、救いによって与えられるかもしれない結果にすぎません。 かもしれないというのは、その主導権は人にではなくて神にあるからです。 使徒パウロのように、何度祈っても持病がいやされなかったということを通して、神はご自身の栄光を証しされるという場合もあるのです。 大切なことは、命に勝る恵みを私たちに与えてくださった神様に感謝をささげることです。 そしてその感謝は、心の中で終わるものではなくて、行動へと移るものです。 十人すべてがいやされましたが、九人はイエス様の所へ戻ってきませんでした。 しかし私たちは、このひとりのサマリヤ人と同じように、感謝をささげようではありませんか。 結.  今までも、私たちは神さまに感謝の心をもって歩んできたでしょう。 しかし今、自分の心に振り返ってほしいのは、その感謝は自分の心の中だけで終わってはいなかったか、ということです。 私たちの感謝は、心の外へとあふれ出て、イエス・キリストのもとへ走って行かずにはおられないようなものになっていたでしょうか。 戻ってこなかった9人の信仰は、確かに立派なものでした。 しかしその信仰は、きびすを返してイエス様のところへ戻ってきてひれ伏すまでの力にはなり得ませんでした。 パウロはこう言っています。「たとえ私が山をも動かすほどの完全な信仰を持っていても、愛がないなら、何の値打ちもありません」と。 私たちは、御利益があるからイエスを信じているのではありません。 トラブルから解放してもらえるから、福音に力があると告白するのでもありません。 父なる神が、罪人の私をあわれんで、御子を十字架に送ってくださったこと。 そしてたとえ何があったとしても、わたしはあなたを捨てない、と約束してくださったこと。 神が私たちを愛し、ゆえに私たちも神を愛します。愛は感謝の心を生み出し、そしてその感謝は私たちの生き方を必ず変えます。 神の恵みを受けてもその恵みを最後まで生かすことができたのは十人のうちの一人だけでした。 私たちは、恵みを受け取ることができても、その恵みをかたく手放さないでいることの難しさを心に刻みつけるべきです。 いつも主への感謝を忘れずに歩んでいきましょう。