恵みは坩堝の中に

日本同盟基督教団・豊栄キリスト教会公式ブログ

2014.9.12 ふうけもん準備日記(6)「30人のボランティア」

 あっという間に金曜日である。月曜日の朝刊に記事が載ったと喜んでいたら、週末になっていた。

ある方から「新潟 ふうけもん」で検索したらここにたどり着いたと言われたので、もう後ろ向きな話はしない。

与えられた20日間の中で、やるべきことはやってきた(と思う)。それでも不安はある。いや、ありすぎる。

だが、この週の後半は、1136席すべてが埋まるほどの人がやってくるという前提で、当日のボランティアを組んできた。

今のところ、準備および午前、午後の部に28名、夜の部から撤収作業まで21名を確保できた。

 県民会館大ホールの一階定員は約1000人。

施設側からは、緊急時には出入口および非常口すべてに誘導員を配置するように言われている。

そのため、必要な人員は当初の予定よりも増え、約30人に膨らんだ。

午前の部、午後の部はおおむねそれをクリアしている。だが夜の部は21名。

足りない分は、開場前は受付をしていた人が、上映中は会場係に切り替わるなど、どうしても無理をしなければならない。

大変なのは、ほとんど休む時間がないことだ。新潟での試写会は、一日三回の上映のあいだに4時間の間隔がある。

だが開場前の行列が一時間、開場から上映までが30分、上映時間が2時間、さらにその後もグッズ販売がある。

これを合計するとすでに4時間になってしまう。

本当は、今の2倍のボランティアがほしかった。だが時間が少なすぎた。

各教会に文書を送り、ボランティアを募ったが、とても新潟の全教会を巻き込むほどのものにはなり得なかった。

 だがそれでも、ふうけもんには希望がある。これは終わりではなく、始まりである。完成ではなく、きっかけである。

何もない中で、私はこれを引き受けた。あるのは、すでに大量に印刷されたチケットだけだった。チラシの在庫も尽きかけていた。

だが多くの人々が、この試写会に期待している。期待だけでなく、実際に自分が一日体を張って、この試写会を支えようとしている。

ボランティアは、この映画をほとんど見ることはできない。だがそれでも名乗り出てくれた志願兵たちだ。

おそらく、当日までもう「準備日記」の更新はできないと思う。

もしこれを読んでくださっている方がいたら、ボランティアにならなくてもよい、だが必ず誰かを誘ってきてほしい。

ボランティアたちは、誰かを誘って一緒に映画を見ることを断念し、当日を迎えようとしている。

あなたが誰かを誘い連れてきてくださること、それは彼らの思いを代わって引き継ぐことでもあるのだから。