恵みは坩堝の中に

日本同盟基督教団・豊栄キリスト教会公式ブログ

2014.9.5 ふうけもん準備日記(4)「宣教協力としてのふうけもん」

 9/1から、北海道旭川市を皮切りに、いよいよ全国縦断試写会が始まった。

12/17の沖縄市まで、わずか3ヶ月半のあいだに、42都道府県を栗山監督が巡り、舞台挨拶を行う。

(東京は来年1/10に開催、また大阪、佐賀、茨城、兵庫では開催しない模様)

某新聞のインタビューでは、監督の年齢は73歳とあったが、どうか体調が守られますように。

また、この一週間の間、更新が止まっていたことをお詫びする。

マスコミや教会への依頼文書を急いで送る必要があったので、ブログは二の次になっていた。

 先日、新潟試写会の参考に、と旭川での奉仕者配置表が送られてきた。

奉仕者として協力してくださった牧師先生方の氏名、また奉仕者の所属教会が記されていた。

だがそれを見る限り、奉仕者の所属教会は旭川市内の3教会に限られている。

またおそらく牧師先生のご家族であろうと思われる氏名も結構目立った。

3教会で奉仕者を賄うことができたのかもしれないし、あるいは反対にそうせざるを得なかったのかもしれない。

どうか前者でありますようにと願う。

なぜなら、この全国縦断試写会が教会の宣教協力の一つとして用いられなければ、それはただの打揚花火に終わってしまうからだ。

一部の教会だけが喜んでやっている、というように見られてしまっているならば、そこに残るのは徒労感だけである。

 今回の全国縦断試写会に先立ち、全国世話人のS牧師から全国8000教会にチケットが約18万部送られてきたことはすでに述べた。

正直、この方法には批判が起きている。

すべてが招待券なら話は別だが、勝手にチケットを送っておいてそれをさばいてくれというのはいかがなものか、と。

だが、S師の考えはおそらく、各都道府県の教会がこの「ふうけもん」の支援を通して、どうか協力してほしいということなのだろう。

 残念ながら、日本の教会が成長しないのは教派教団の壁にあるという指摘はあながち間違っていない。

教派教団の違いは、教会の多様性として認められるべきである。

だが伝統派だ福音派だ聖霊派だと自ら壁を作ってその中に閉じこもっている現実は悲しい。

それぞれが膝と膝を突き合わせて、イエスの御名によって祈ることさえ避けている状況は、神の前にも世の前にも正しいとは思えない。

 その一角を崩したい、などと大上段に構えているわけではない。

だが私は説教者である以上、講壇で語るように生きていきたい。いや、生きなければならない。

「神の家族」として普遍的教会を講壇で語るならば、自分と教派が違っていても、同じ神の家族として交わりを持っていきたい。

口で言うことは簡単でも、実際には難しいことだろう。

だが、せめて「ふうけもん」という形で与えられたこの機会を、そのきっかけとして用いていきたい。

私はその思いを、今回県内教会に送った文書の中にも少ししたためた。

他の都道府県でこの試写会準備を進めている先生方に参考にしていただければ幸いである。