恵みは坩堝の中に

日本同盟基督教団・豊栄キリスト教会公式ブログ

2014.8.17「私がクリスチャンになった理由(わけ)」

週報はこちらです。

聖書箇所 ヨハネの福音書9:1-7

 1 またイエスは道の途中で、生まれつきの盲人を見られた。

2 弟子たちは彼についてイエスに質問して言った。「先生。彼が盲目に生まれついたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか。その両親ですか。」

3 イエスは答えられた。「この人が罪を犯したのでもなく、両親でもありません。神のわざがこの人に現れるためです。

4 わたしたちは、わたしを遣わした方のわざを、昼の間に行わなければなりません。だれも働くことのできない夜が来ます。

5 わたしが世にいる間、わたしは世の光です。」

6 イエスは、こう言ってから、地面につばきをして、そのつばきで泥を作られた。そしてその泥を盲人の目に塗って言われた。

7 「行って、シロアム(訳して言えば、遣わされた者)の池で洗いなさい。」そこで、彼は行って、洗った。すると、見えるようになって、帰って行った。

20140817

1.

 今日は私がクリスチャンになったいきさつについて、みなさんにお話しさせていただきたいと思います。

今から30年前、中学2年生のとき、私は左足の骨が腐っていく病気にかかりました。

大学病院に緊急入院した私は、この病気が骨肉腫と言われる癌の一種であるという説明を受けました。

それからいつ終わるともない、吐き気、脱毛、白血球の減少といった薬の副作用に耐え続ける生活が始まりました。

どんなに強力な薬を使っても治療の効果が見えない毎日の中で、何とか私を支えていたのは、がんばれば、また学校に戻れるという望みでした。

別に勉強が好きだったわけではない。でも学校には友達がいる。自分のことを心配してくれる仲間がいる。

しかし入院して一年後、主治医は私にこう告げました。

「近君、もうほとんど薬が効かないようだ。このままでは切断も検討しなければならない。だが病院は決められない。決めるのは君だ。

まだ時間はあるから、ゆっくり考えてほしい。切断するか、それとも今の治療を続けるか・・・」。

私はその言葉が終わらないうちに答えました。「切ってください。もういいですから、早くこんな足、切ってください」。

片足を失ってもいいから早く退院したい。学校に戻りたい。頭の中を支配していたのはただそれだけでした。

 やがて手術が終わり、麻酔から覚めた私は、自分の左足を見たときに、そこで初めて後悔しました。

そして数日後、包帯がとれ、抜糸が終わったとき、このおぞましい肉の塊が自分の左足だったものかと思いました。

そして足を切断し、障がい者となった、いや、自分でそうなることを選んだという事実の前に、ただ泣き叫びました。

なぜ足を切ることを選んだのか。なぜもっとよく考えなかったのか。いや、そもなぜ自分だけがこんな目に遭わなければならないのか。

誰が悪いのか。病気に免疫のない体に生んだ親のせいか。病気を治せなかった医者のせいか。

それとも、祖父が言っていた、先祖の因縁のせいか。

すべてに怒りがこみ上げて来る中で、一番憎い相手は自分自身であることに気づきました。

学校に戻りたい、友達に会いたい、そんな理由で、軽はずみな決断をしてしまった自分を憎みました。

そしてこのとき、私は自殺したのです。体は生きていても、心は殺したのです。

もう誰も信じないと決心しました。自分も信じられない。他人も信じたくない。誰も信じない。何にも頼らない。

オーバーに聞こえるかもしれませんが、それでも私はそのとき本気で決心したのです。

  その後リハビリのために、いわゆる浪人生活を一年経て、私は敬和学園高校21回生として入学しました。

でも他の21回生よりじつは一歳上なんだと考えると、どうも対人関係がうまくいきません。

また敬和は教師も生徒も親切で、でもその親切さが、私にとっては自分があわれまれているとしか思えませんでした。

私は友達を作ろうともせず、いつもひとりで行動しているような学園生活でした。

2.

 ただ男子生徒に親切にされるとあわれまれているように思ってしまう私ですが、女の子に親切にされると話は別です。

もしかしたら俺に気があるんじゃないかと誤解してしまうのです。やがて私は、ある女子生徒を意識するようになりました。

敬和には、年に一回、すべての学生が教会や施設で奉仕する、全校労作という日があります。

スクールバスでその子を見かけるたびに、ちょっと緊張していた私ですが、その全校労作で行った教会に、なんとその子もいるではありませんか。

しかもそこの教会の牧師を「お父さん」とか呼んでいる。えっ、牧師って結婚しちゃいけないって聖書の授業で聞きましたよと言うと、

それはカトリックの神父だよ、プロテスタントは結婚してもいいの、とお父さんが笑って答える。

彼女はちょっとクスッと笑って、ああ幸せ、敬和に来てよかった・・・・でもふっと我に返ると、心の中のもうひとりの自分があざ笑うのです。

お前、足を切ったときに何も信じない、誰も信じないって決めたじゃないか。なんでこんなことで幸せとか言ってんだ、と。

 当時の私の心を説明するために、スタンダールという作家の言葉を紹介したいと思います。

彼は「恋愛論」という本の中で、恋には四つの種類があると言っています。情熱の恋、趣味の恋、肉体の恋、そして最後に「虚栄の恋」。

虚栄の恋は、言い換えると「恋に恋した」ということです。私はまさにそれでした。

つまり、彼女に恋していたというよりも、彼女を恋している自分に恋をしている。

ややこしいのですが、恋の相手を愛しているのではなく、今おれ恋してる、幸せだなあという自分の状況を愛している。まさに虚栄の恋です。

足を失い人生の目的がわからず、敬和でも友人がつくれず、自分の居場所がない。

でも恋をしていると思い込むことで、そのむなしさを忘れることができる。

虚栄の恋にとって重要なのは、告白して恋人の関係になることではありません。

片思いであっても恋に生きている、今の状況をキープすることです。だから虚栄の恋は、その恋を長引かせるために嘘をつくこともためらいません。

 私は毎週日曜日に教会に通うようになりました。自分は救いを求めているんだという嘘で自分を固めました。

彼女の気をひくために、泣いて神様に祈りました。いつか洗礼を受けるよと笑顔で言ったこともあります。

全部嘘です。それでも虚栄の恋は、嘘を正当化します。嘘を嘘と認めず、罪がわかりません。それが私という人間でした。

3.

 私は真剣な求道者という仮面をかぶりながら、一年あまり虚栄の恋に生き続けました。

彼女は私が救われるようにと一生懸命祈ってくれたこともありました。

私がイエス様を信じる決心ができるようにと、バイブルキャンプに誘ってくれたこともありました。

でも彼女が一生懸命になるほど、私は嘘をつき続けることが苦しくなりました。

 ある日曜日の午後、信徒がほとんど帰った後、彼女に伝えました。

今まで嘘をついてきたこと、そして自分はクリスチャンになるつもりはない、だからもう教会には来ない、と。

卑劣で汚い人間です。自分でもそれはよくわかっていました。彼女から張り倒されても文句は言えないと思いました。

でも彼女はそのときにただこう言いました。「でも神様は、近くんのことを愛している」と。

それを聞いたとき、私のほうが混乱しました。えっ、この人は何を言っているんだろう。

今、俺は嘘をついて一年以上も通い続けたことを言ったよな。なのに、どうして神様はあなたを愛しているなどと言えるんだろう。

彼女はその後黙って家に戻り、私も家に帰りました。

 でも帰る途中で、涙がこぼれてきました。

一年間、嘘をつきながら教会に通っていた日々が心に思い出されて、悲しくて仕方がありませんでした。

その日の説教箇所の一節がこみ上げてきました。「愛のない者に神はわかりません。なぜなら神は愛だからです」。

そうだ、俺には愛がない。だから絶対に神がわからない。

そのとき私の中のもうひとりがこう言います。「そうだ、神なんかわからなくていい。昔に戻っただけじゃないか。気にするな」。

足を切断して以来、こうやって心の中で何人もの自分が会話するのがくせになっていました。

また別の自分がこう答えました。「そうだ。でも戻っただけなのに、なんでこんなに苦しいんだろう」。

「どうすれば、ひとりぼっちでも苦しくなかったあの頃に戻れるのかな」。

 その二、三日後、敬和の朝の礼拝で、今日の聖書箇所が語られました。

生まれつき目の見えない人がいて、イエスの弟子たちは「誰が罪を犯したから彼はあんな風に生まれたのか」と尋ねます。

その時イエスはこう答えました。「親でもなければ、本人の罪の結果でもありません。神のわざが現れるためです」。

そしてイエスは、泥をその人のまぶたに塗り、「行ってシロアムの池で洗いなさい」と告げます。

メッセージの内容は覚えていませんが、この聖書箇所が朗読されたとき、私はここに出てくる盲人は俺自身だと思いました。

なぜ自分は骨肉腫で左足を失わなければならなかったのか。神がいるのなら、なぜ俺をそんな目に遭わせるのか。

ずっと抱えてきたその問いに、聖書がはっきりと答えてくれたのです。「あなたに神のわざが現れるためです」。

生まれつき開かない目は、嘘で固められた私の心。

開かないまぶたに触れるイエスの指は、嘘つきの私のために救いを祈ってくれたひとり一人。

そしてすべてが、たとえ虚栄の恋であっても、それを通して教会へ導いてくれた神のみわざなのだ、と。

彼女と教会の人々に対して行ってきた偽りを取り消すことはできない。

でも、それでも許されるならば、これからも教会に通うことが、自分にとってシロアムの池に行くことなのかもしれない。

 翌週の日曜日、彼女も、牧師も、また教会員も、私をいつもと変わらず受け入れてくれました。

そして私は牧師にすべてを語り、罪を悔い改めてイエスを信じました。

それからすでに30年近く経っています。でも私はまだ彼女に直接謝ることはできていません。

この30年間、何度か顔を合わせていますが、一番謝らなければならない人に私はいまだに謝ることができていません。

結.

 ただ私はその代わりに、牧師として決して譲らないことがひとつあります。どんな理由があろうと、絶対に嘘を認めません。

嘘も方便だとか、嘘が人間関係の潤滑油ということばを決して認めない。

それがかつて嘘で教会と人々を傷つけたことに対する、私の償いです。

教会は自由なところです。世界一自由なところと言ってもいい。

嘘はその自由を破壊します。嘘は真実な交わりを疑心暗鬼に変えてしまいます。

嘘は聖徒たちにもっともふさわしくない生き方です。私たちを罪に縛り付ける偽りから解放された者として、私たちは歩んでいきましょう。

そのために私は、神の許しがある限り、この教会に仕えさせていただきたいと心から願います。