恵みは坩堝の中に

日本同盟基督教団・豊栄キリスト教会公式ブログ

2014.5.11「宣教の門が開かれた」

週報はこちらです。 聖書箇所 使徒10:1-23a
 1 さて、カイザリヤにコルネリオという人がいて、イタリヤ隊という部隊の百人隊長であった。 2 彼は敬虔な人で、全家族とともに神を恐れかしこみ、ユダヤの人々に多くの施しをなし、いつも神に祈りをしていたが、 3 ある日の午後三時ごろ、幻の中で、はっきりと神の御使いを見た。御使いは彼のところに来て、「コルネリオ」と呼んだ。 4 彼は、御使いを見つめていると、恐ろしくなって、「主よ。何でしょうか」と答えた。 すると御使いはこう言った。「あなたの祈りと施しは神の前に立ち上って、覚えられています。 5 さあ今、ヨッパに人をやって、シモンという人を招きなさい。彼の名はペテロとも呼ばれています。 6 この人は皮なめしのシモンという人の家に泊まっていますが、その家は海べにあります。」 7 御使いが彼にこう語って立ち去ると、コルネリオはそのしもべたちの中のふたりと、側近の部下の中の敬虔な兵士ひとりとを呼び寄せ、 8 全部のことを説明してから、彼らをヨッパへ遣わした。  9 その翌日、この人たちが旅を続けて、町の近くまで来たころ、ペテロは祈りをするために屋上に上った。昼の十二時ごろであった。 10 すると彼は非常に空腹を覚え、食事をしたくなった。ところが、食事の用意がされている間に、彼はうっとりと夢ごこちになった。 11 見ると、天が開けており、大きな敷布のような入れ物が、四隅をつるされて地上に降りて来た。 12 その中には、地上のあらゆる種類の四つ足の動物や、はうもの、また、空の鳥などがいた。 13 そして、彼に、「ペテロ。さあ、ほふって食べなさい」という声が聞こえた。 14 しかしペテロは言った。「主よ。それはできません。私はまだ一度も、きよくない物や汚れた物を食べたことがありません。」 15 すると、再び声があって、彼にこう言った。「神がきよめた物を、きよくないと言ってはならない。」 16 こんなことが三回あって後、その入れ物はすぐ天に引き上げられた。  17 ペテロが、いま見た幻はいったいどういうことだろう、と思い惑っていると、 ちょうどそのとき、コルネリオから遣わされた人たちが、シモンの家をたずね当てて、その門口に立っていた。 18 そして、声をかけて、ペテロと呼ばれるシモンという人がここに泊まっているだろうかと尋ねていた。 19 ペテロが幻について思い巡らしているとき、御霊が彼にこう言われた。「見なさい。三人の人があなたをたずねて来ています。 20 さあ、下に降りて行って、ためらわずに、彼らといっしょに行きなさい。彼らを遣わしたのはわたしです。」 21 そこでペテロは、その人たちのところへ降りて行って、こう言った。 「あなたがたのたずねているペテロは、私です。どんなご用でおいでになったのですか。」 22 すると彼らはこう言った。「百人隊長コルネリオという正しい人で、神を恐れかしこみ、ユダヤの全国民に評判の良い人が、 あなたを自分の家にお招きして、あなたからお話を聞くように、聖なる御使いによって示されました。」 23 それで、ペテロは、彼らを中に入れて泊まらせた。
20140511 1. 私たちが持っている、この「新聖歌」の488番に、「ヨナは預言者」という子ども向けの讃美歌があります。 旧約聖書の「ヨナ書」の内容をわかりやすくまとめた讃美歌ですが、歌ってて「あれ?」と思う部分があります。 全部で5節まであるのですが、2節の歌詞はこうなっています。
ヨナは預言者/弱虫預言者 ニネベにゆけと言われたときに/とんでもないとスタコラ逃げた 弱虫預言者/しっかり頼むよ
ヨナが神の命令からスタコラ逃げたのは事実なのですが、しかしそれは彼が弱虫だったからではありません。 ヨナは、神に選ばれた預言者として、神のことばの力強さを誰よりも知っていました。知っていたからこそ、ニネベに行きたくなかったのです。 ユダヤ人ではない、ニネベの住民のような者たちが、神のあわれみを受けるなどとんでもないと考えていたのです。 神のあわれみは、選ばれた民であるユダヤ人だけに向けられるものなのだ。 異邦人になど、与えられるべきではない、と彼は考え、そして大きな船に乗りこんで、スタコラ逃げ出したのです。 おそらく、みなさんは驚かれるでしょう。ヨナは神の預言者でしょう?そんな心の狭い人が、神に選ばれることあるわけがない。 しかし旧約時代のユダヤ人のほとんどが、救いは神の民であるユダヤ人だけに向けられていると考えていました。 事実、ペテロもそうだったのです。今日の聖書箇所の後半には、彼が経験した幻が語られています。 ペテロは神に向かって「きよくないものを食べるわけにはいきません」と逆らっているのは、まさにヨナと同じです。 私はユダヤ人として律法を守り、異邦人のように律法を知らない人々とは違う。 そのような考え方に、使徒であるペテロでさえも支配されていました。それが当然のように、何も疑問を抱くこともなかったのです。 しかし、神は何千年も閉じられていた異邦人への救いを、今開いてくださいました。 ペテロが滞在していた、このヨッパの港町。じつはこのヨッパこそ、ヨナが神から逃げるために船に乗り込んだ場所です。 異邦人への宣教から逃げ出したヨナの過ちを、神はペテロの心を変えることで取り戻させてくださいました。 聖書は、この異邦人への扉が開かれる奇跡に、アイネヤのいやしや、タビタのよみがえりよりも、はるかに多くの筆を割いています。 異邦人とは、まさに私たちユダヤ人ではない者たちのことです。私たちがキリストを信じて救われる、それは当たり前のことではありません。 神が何千年もの扉を打ち破ってくださって与えてくださった、すばらしい恵みだということを改めて心に刻みつけましょう。 2. さて、ペテロに加えてもう一人の大事な登場人物であるコルネリオについて見てみましょう。 彼がいたカイザリヤという町は、ヘロデ大王がローマ皇帝を記念して建造した新しい町であり、ローマ風の文化があふれていました。 しかしローマから持ち込まれた偶像や、風俗、嗜好品の数々もコルネリオの心を満たすことはありませんでした。 彼は旧約聖書の教える唯一の神を全家族とともに信じ、多くの施しと祈りをささげていました。でも、彼の心にはまだ穴が開いていたのです。 神はそのようなコルネリオの飢え渇きを知っておられました。そして幻の中で、彼はシモン・ペテロという人物を招くように命じられます。 それ以上のことを神は語られません。しかしコルネリオにはわかっていました。ペテロという人が、「神のことば」を私たちに与えてくださるのだ、と。 新約聖書の『ローマ人への手紙』には、「信仰は聞くことから始まり、そして聞くことはイエス・キリストのみことばによる」と語られています。 もし私たちが、家族や友人に救われたいと願うならば、みことばを語らなければなりません。 みことばなしに、誰も救われることはできないのです。 じつはコルネリオが住むカイザリヤには、すでに信徒伝道者ピリポがおりました。 しかし神は、ピリポを呼んでみことばを聞きなさいではなく、ペテロを遠いヨッパから招くようにと命じられたました。 これは何を意味しているのでしょうか。人が人を救うのではなく、神がその人の救いの時をすべて定めておられるのです。 もしかしたらあなたはこう考えているかもしれません。どれだけ証しをしても、救いに導けたことがない、自分には伝道の賜物がない、と。 しかし私の経験ではなく、聖書が教えるところによって、はっきり言っておきます。人が救われる秘訣、テクニックなどというものはありません。 色々な人がそのたましいに数え切れないくらい関わって、その積み重ねの中で、神は定められた時にその人を救いに導いてくださいます。 コルネリオの救いには、敬虔なユダヤ人との関わり、カイザリヤでのピリポの伝道、それらが積み重なった中で、神はペテロを招かれました。 誰かがキリストを信じるというできごと、いや奇跡の背後には、そのために積み重ねられた、数え切れないみことばの証しがあります。 そして時至ったときに、神はあらかじめ定めておられた人を通して語られる、みことばを決心へと用いてくださるのです。 私は1990年の9月に、森先生という元中国宣教師の個人伝道によって信仰決心しました。 でもその背後には、敬和学園高校での三年間の礼拝がありました。山の下教会での一年半の説教がありました。 本田弘慈先生の特別伝道集会にも参加しました。そして他にも多くの人々からみことばを聞いて、そして心が開かれました。 ひとつひとつは、短い関わりであっても、それらが積み重ねられていく中で、神は定められた時にその人を救ってくださるのです。 コルネリオに関して言えば、神はピリポの伝道を無視してペテロを用いられたのではありません。 カイザリヤでのピリポの伝道を用いられ、そしてペテロによってその実を結ばせたのです。 偉いのは種を撒いた人ですか。それとも実を結ばせた人ですか。人ではなく、神だけがほめたたえられるべきです。 3. そして神はコルネリオを救われただけではなく、ペテロをも救われたのだということをおぼえましょう。 すでに使徒として数々のみわざを行っていたペテロをも救われた、というのはどういうことでしょうか。 狭くかたくなな「ユダヤ的キリスト教」にとどまっていたペテロを、神は変えてくださった、ということです。 幻の中で、あらゆる種類の動物が入れられた敷布のようなものがペテロの前につるされてきました。 「さあ、ほふって食べなさい」という神からの招きの声に対して、ペテロは三度も拒みます。 「主よ。それはできません。私はまだ一度も、きよくない物や汚れた物を食べたことがありません」と。 それは、ペテロがまだ旧約聖書の律法に縛られていたことを表しています。 彼もまた、ヨナと同じです。異邦人が救われるということは想像もできないし、受け入れることもできない、そんな狭い信仰です。 しかし神はペテロにはっきりとこう言われます。「神がきよめた物を、きよくないと言ってはならない」。 ユダヤ人も異邦人も、イエス・キリストによって罪からきよめられたのだ。ユダヤ人だけがきよい、異邦人はきよくない、と言ってはならない、と。 神は、ペテロを狭く偏った信仰から脱皮させようとしました。それこそが、神がペテロをも救われたのだという意味です。 「神がきよめた物を、きよくないと言ってはならない」。 私たちも、神の厳しくも、解放感に満ちた、この言葉を必要としています。 狭く偏った信仰は、じつのところ本人たちにとってははなはだ居心地がよい場所です。 同じ考え方、同じ枠組みの人間だけで集まり、自分を変える必要がありません。 だがそのような「交わり」は、交わりの名に値しない、ただの自己満足です。 自分と考え方が違う人が教会にいると、軋轢やストレスを感じてしまうかもしれません。 しかし教会の本質は、ユダヤ人も異邦人も、まったく違った者たちがキリストにあって一つにされている、というところにあります。 その本質を貫くことによってあなたにとって居心地の悪い教会になったとしても、それをもってさばき合わないでください。 みことばと御霊によって自分を変えていただきましょう。居心地がいい教会は、えてして内側にこもるだけの教会になりやすいのです。 ペテロが、まだユダヤ的律法主義が残っている自分の心を思い巡らしていたとき、コルネリオからの使者が到着しました。 すべてが神の計画の中で進められていたのです。「ためらわずに行きなさい」という神のことばを、ペテロは信仰をもって受け入れます。 私たちは、もし神が望むのであれば、変わっていかなければなりません。いや、変わることへの恐れを捨てなければなりません。 今年の新年聖会の講師であった村上宣道牧師が、ご自身の聖地旅行の体験を含めて、この箇所から次のように語っています。 少し長いのですが、それを紹介させていただいて、説教を閉じたいと思います。
皮なめしのシモンの家だと言われている家は、今でもヨッパにある。 私も訪れたことがあるが、紺碧の地中海のほとり、波打ち際近くにある、小さな石造りの家だった。 こんな家に、ペテロとコルネリオの部下たちは互いに肩を寄せ合うようにして泊まったのだろうか。 しかしその光景を想像してみると、白眼視されて町の片隅でひっそりと生計を立てていた皮なめしのシモンの家に、 異邦人のしもべ、ローマの兵卒、それにキリストの使徒たちが共に夜を過ごす構図は、 やがて現実の物となる普遍的な教会のひな型とも言うべき、歴史的な出会いであった。 私も、「ここは、世界宣教の幻が与えられた、記念すべき所です」と言って、 同行者と共に感動の祈りをささげたことが、このペンを持ちながらも思い出されてならない。
(村上宣道「新聖書講解シリーズ5 使徒の働き」、いのちのことば社、1983年、p.155)
ユダヤ人と異邦人が、川の字になって一晩を過ごしたその小さなあばら屋が、私たち神の教会のひな型です。 それぞれの違いを認め合っていけるように。もし認め合っていけない現実があるなら、変わることを恐れないことです。 イエス・キリストのみことばを伝えるために、互いに認め合って歩んでいきましょう。