今日は、放送伝道をおぼえる「ライフ・ラインDay礼拝」でした。
礼拝の中で福音歌手の森祐理さんの被災地支援コンサートのDVD(「ライフ・ライン」2013.10.27放映)を上映しました。
著作権がありますので、その部分のアップロードは控えさせていただきます。
週報はこちらです。
聖書箇所 伝道者の書3:1-8
1 天の下では、何事にも定まった時期があり、すべての営みには時がある。2 生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。植えるのに時があり、植えた物を引き抜くのに時がある。
3 殺すのに時があり、いやすのに時がある。くずすのに時があり、建てるのに時がある。
4 泣くのに時があり、ほほえむのに時がある。嘆くのに時があり、踊るのに時がある。
5 石を投げ捨てるのに時があり、石を集めるのに時がある。抱擁するのに時があり、抱擁をやめるのに時がある。
6 捜すのに時があり、失うのに時がある。保つのに時があり、投げ捨てるのに時がある。
7 引き裂くのに時があり、縫い合わせるのに時がある。黙っているのに時があり、話をするのに時がある。
8 愛するのに時があり、憎むのに時がある。戦うのに時があり、和睦するのに時がある。
森さんは、あの3.11から三年間、全国各地でコンサートを行いながら、被災した方々の慰めを訴えてきました。
本人の証しの中にもありましが、その原体験は20年前の阪神淡路大震災であったといいます。
その震災で、森さんは弟さんを失いました。彼女は、ある本の中で、こう書いています。
弟を失ったとき、父と母の様子はまるで対照的であった。
母は、悲しみを抑えることができず、周囲の目をはばかることなく泣き叫んでいだ。
だが父は、涙を決して流すことなく、ただ黙って耐え続けた、と。
そして森さんはこう言っておられます。「母は思いっきり涙を流し、比較的早く弟の死を受け入れ、進むことができた。
だが父は、涙を流さなかったぶん、心の傷の回復は母よりもずっと時間が必要だった」と。
(聖書と精神医療研究会編『喪失が希望に変わるとき』いのちのことば社、2007年、p.19-22要約)
今、ご覧いただいたDVDの中で、仮設住宅の人々について語った森さんのことばが印象的です。
「前にここでコンサートをさせていただいたときには、まだみなさんが涙を流すことができなかった。
だが今回、同じ仮設住宅を訪れて、ようやくみなさんが悲しみの涙を出すことができたようだ」と。
息子を失った悲しみを表すことができなかったお父様と、すべてを失った悲しみのゆえに涙も流せなかった仮設の人々。
「悲しむことができるまで、祈りつつ待ち続ける」。それが、森さんが行ってきたことでした。
東日本大震災の後、「絆」という言葉がしばしば人々の口にのぼりました。
当時のある新聞のコラムに、こんなことが書いてありました。
「絆」ということばは、かなで書くと3文字、漢字で書くと11画。3.11にふさわしい言葉ではないか、と。
しかし私は、むしろ「絆」という漢字が、いとへんに「半分の半」に似た文字を組み合わせていることのほうが気になります。
私たちは、被災地の人々が苦しんでいるだろうと考え、「絆」という言葉を何気なく口にします。
でも被災した人々からしたら、悲しむことさえできない、涙を流すことさえままならない中にいたのです。
絆という文字の中に「半分の半」が入っているのは、じつは私たちが得意げに語る「絆」の不完全さを表しているように思えてなりません。
私たちを「絆」「絆」と口にしながら、その絆の一方の端をつかんで、さあ、もう一方の端をつかみなさいと呼びかけます。
被災地の人々は、こんな大変な生活をしているはず。こんな必要をおぼえているはず。こんな悲しみを持っているはず。
しかしそれは自己満足にすぎないのかもしれません。本当にうちしおれた人は、悲しむことさえままならないのです。
悲しみを悲しみとして受け止めるにも、時が必要です。
しかしたとえどれだけ時間がかかっても、神様はそのときまで待ってくださいます。
そして、悲しみは必ず慰められます。苦しみは必ずいやされます。
時間ではなく、神がいやしてくださるのです。神が慰めてくださるのです。神ご自身が涙をふいてくださるのです。
そして、神によって慰められた者は、同じような悲しみの中にある人を慰めることができます。
その意味で、この『ライフ・ライン』という番組は、とても大切な伝道の働きです。
私たちは悲しんでいる人を慰めたいと願います。しかし慰めを押しつけることはできません。
相手が心を開いていないのに、心を強引に開かせることはできません。でも、この番組にはそれができるのです。
私たちが伝えたいイエス・キリストの福音を、「ライフ・ライン」はごく自然な形で、届けています。
私たちが語れば宗教くさいと言われて敬遠されるようなことでも、この番組は感動と共に、見る人々に届けてくれます。
この番組を新潟で放送し続けるために祈り、ささげていくこと、
それは開拓教会や宣教師のために祈り、ささげるのと同じくらい、大切な務めです。
最後に、具体的な数字をあげて、「ライフ・ライン」を支援する働きを説明させていただきます。
この「ライフ・ライン」の放送が新潟で始まったのは、1998年4月、つまり今から16年前のことです。
視聴率は、多いときは1%を超えることもありますが、だいたいは「0.(れいてん)」の後に何かの数字がつく程度です。
この視聴率で16年間、放送を続けてきたということを教会以外の方に話すと、たいていこんな反応を示します。
「視聴率1%以下で、、十何年もやってきたんですか?よくBSNが番組を打ち切りませんね」。
そこで私もこう答えます。「もちろん打ち切りませんよ。だって、うちの教会がスポンサーなんですから」。
少し見栄を張りすぎましたが、確かにこの番組のスポンサーは、私たちの教会も加盟している「新潟福音放送協力会」という団体です。
「ライフ・ライン」を一ヶ月放送するのに約60万円かかります。その他諸経費を含めると、年間で約800万円必要です。
「新潟福音放送協力会」に加わっている33の支援教会の信徒数を合計すると、約1000人くらいです。
その1000人のクリスチャンが一月500円を「ライフ・ライン」のためにささげていけば、放送を継続、拡充していくことができます。
私たちの教会は、約30人のクリスチャンがいます。そのひとり一人が、月500円をささげていくならば、それはひとつの伝道です。
ひとり一人がスポンサーなのです。スポンサーであるだけでなく、ミッショナリー、宣教師です。
どうか、ひとり一人が今日の礼拝から、この福音放送のために自分もささげ、宣べ伝えていく者になろうではありませんか。