恵みは坩堝の中に

日本同盟基督教団・豊栄キリスト教会公式ブログ

2014-10-01から1ヶ月間の記事一覧

2014.10.26「迫害への勝利の秘訣」

週報はこちらです。 聖書箇所 使徒の働き12:1-5 1 そのころ、ヘロデ王は、教会の中のある人々を苦しめようとして、その手を伸ばし、 2 ヨハネの兄弟ヤコブを剣で殺した。 3 それがユダヤ人の気に入ったのを見て、次にはペテロをも捕らえにかかった。それは、…

2014.10.19「愛は関心」

週報はこちらです。 聖書箇所 ヨハネの手紙 第一4:7-12 7 愛する者たち。私たちは、互いに愛し合いましょう。愛は神から出ているのです。愛のある者はみな神から生まれ、神を知っています。 8 愛のない者に、神はわかりません。なぜなら神は愛だからです。 9…

「宗教としてのナチズム-その系譜と実像」(1)~敬和学園大学の卒業論文(1994)

序. 「20世紀の悪夢」と呼ばれた第二次世界大戦が終結し半世紀が過ぎようとしている。この50年で世界システムは大きく変容した。ヒトラーが国民社会主義の存亡を賭して闘い、そして敗れたボルシェヴィズムはソ連及び東欧共産主義体制の崩壊により事実上消滅…

「宗教としてのナチズム-その系譜と実像」(2)~敬和学園大学の卒業論文(1994)

第1節 フェルキッシュからナチズムへ ノイロールは、その著『第三帝国の神話』の中で、ナチズムの起源について、次のように論じている。「もし、ヒトラーあるいはナチズムが、第三帝国の神話を考え出したとか、それを無から創造したとか考えるならば、それは…

「宗教としてのナチズム-その系譜と実像」(3)~敬和学園大学の卒業論文(1994)

第2節 プロパガンダかコンセンサスか ヒトラーは『わが闘争』の中で、大衆示威集会(民衆集会)の意義について、次のように述べている。 また民衆集会というものは、まず第一に若い運動の支持者になりかけているがさびしく感じていて、ただ一人でいることで…

「宗教としてのナチズム-その系譜と実像」(4)~敬和学園大学の卒業論文(1994)

第3節 ドイツ的キリスト者信仰運動 雑誌『意志と権力』1935年4月15日号の論説「積極的なキリスト教」は、ナチ政府のキリスト教に対する態度について、こう論じている。 しかし、ナチズムはキリスト教を肯定はするが 教会としてにせよ、信仰としてにせよ、ま…

「宗教としてのナチズム-その系譜と実像」(5)~敬和学園大学の卒業論文(1994)

おわりに 「なぜナチは12年間にわたってドイツ国民を支配できたのか?」 これはナチ研究史半世紀来の、かついまだ確答の与えられていない疑問である。前述したように、ノイロールらはドイツ人の普遍的精神性にその根拠を求めようとした。しかし結局その試み…

緊張の説教論(15)「結語」

「さらに、自戒も含みつつ、今日の説教者に対して批判せざるを得ないことがある。それは、なぜみことばを取り扱うことに対して緊張しないのか、ということである。もちろん緊張している者は多くいる。しかしそれはみことばを取り扱う緊張ではなく、大勢の前…

2014.10.12「与える幸い」

週報はこちらです。 聖書箇所 使徒11:25-30 25 バルナバはサウロを捜しにタルソへ行き、 26 彼に会って、アンテオケに連れて来た。そして、まる一年の間、彼らは教会に集まり、大ぜいの人たちを教えた。弟子たちは、アンテオケで初めて、キリスト者と呼ばれ…

緊張の説教論(14)「4-3.“緊張された言葉”によるバルト的宣教限界の打破」

バルトの聖書論及び説教論が、可謬的な人間の言葉が「神の言葉になる」という命題に尽きることは既に述べた。福音派陣営からは、シカゴ宣言が示すように、「神の言葉になる、ではなく、神の言葉である」という言語十全霊感によって、この命題に反論を示して…

緊張の説教論(13)「4-2.バルト説教論の問題点と第二スイス信条」

「人間の言葉を通してなされる説教がどうして神の言葉になるのか」。説教論の焦眉となる命題は恐らくこれに尽きるだろう。しかし福音派においてこの命題が真剣に取り扱われてこなかったのはなぜだろうか。自明の理として片づけられてしまっているのだろうか…

2014.10.5「ゆるい教会の祝福」

週報はこちらです。 聖書箇所 使徒11:19-24 19 さて、ステパノのことから起こった迫害によって散らされた人々は、フェニキヤ、キプロス、アンテオケまでも進んで行ったが、ユダヤ人以外の者にはだれにも、みことばを語らなかった。 20 ところが、その中にキ…

緊張の説教論(12)「4-1.今日における説教論の研究動向」

第4章 「緊張の説教」と「神の言葉化の神学」 前章で、「緊張の説教」の三一的定義を行った。従前の説教論が「聖書・説教者・聴衆」という三要素を重視するように、緊張の説教においてもそれらが本来指向する「何を・誰が・誰に」語るのかという枠組みを決し…